ダグラスが待っていた「シードラゴン」は、このコーラルを囲む海で
捕れた新鮮な魚介類を味わう事の出来る、シーフードレストランだ。店内は
海底をイメージした青いライトで照らされ、各テーブルの中央では3Dの熱帯魚が
泳いでいる。
「本当にフロストは、まだこのコーラルにいるんだろうな?」223cm
120キロの巨体を小さなイスに押し込み、目の前に置かれたイカとキノコの
ソテーに目をくぎ付けにされたままダグラスは言った。
「さあな。検問や税関をくぐり抜けて自力で脱出するような甲斐性はないだろ。」
いくら親しい間柄だとはいえ、まさか「今、俺の部屋にいる」とは言えない。
ダグラスは信頼出来るが、今この店内で食事や自分達の会話を楽しんでいるふりを
しながら他人の話に耳をそばだてている他の賞金稼ぎは多い。金のためなら
ルールを平気で破る奴は、どこの世界にだっているものだ。  
 ウェイトレスがジェイドの前に小エビのサラダと白身魚の冷製パスタを置くのを
待って、ダグラスはイカにフォークを突き立てた。「こんな風に簡単に
料理出来りゃいいんだけどよ、『心を持ってるアンドロイド』ってのがどうも
気分ワリィんだよな。」
「へえー、ダグラス、お前にそんなデリケートな心があったとはな。」
「意外か?俺をこうしたのはファビアンだぜ。あいつ、そこいらのプラスチック
みたいな目をした連中よりはるかに人間クサイだろ。恋人や友人としても、相手を
利用する事しか考えてなかったり、平気で裏切ったりする人間に見習わせたいぜ。」
ダグラスは続けた。「ま、それでも仕事だから、見つけりゃさっさと捕まえるけどな。」
「だろうな。」『仕事だから』と割り切れないのが、ジェイドの最大の
弱点だった。
「俺以上に、フロスト捕獲に熱心な奴が来たぜ。」ダグラスが目配せした。
「こんばんは。合い席してもいいかしら?」モルガンは真っ直ぐに
二人のテーブルの方に歩いてきた。
「美女大歓迎!俺の隣に来いよ。さっきの贈り物の礼に何かおごるぜ。」軽口を
叩いてはいるが、ダグラスの目に油断は無い。どうやら彼もモルガンに盗聴機を
贈られたらしい。「あいにく俺には独り言を言う趣味は無いけどな。」
 ジェイドは食事を続けながらもずっと周りの雰囲気に注意を向けていた。
モルガンが現れて、妙に店内の空気が変化した。それは絶世の美女の登場に対する、
華やかで浮ついた物では無く、何か不快な緊張感をはらんだものだ。
(何だ…?) すぐに本を読み終えてしまったファビアンはその本をバッグに戻し、
フロストの寝ているベッドに腰掛け、体をひねってその所有者に見捨てられた
アンドロイドの寝顔を見つめた。
 外見上の設定は20歳前後だが、フロストはまだ造られてから2年と少ししか
経っていない。その約2年の間に、殺人事件に発展するほどの強い憎しみを
マリナ・アーウィンに抱いたのだろうか?そして彼はなぜ『逃亡』という愚を
犯したのか。真実を本人の口から聞きたい。マリナ・アーウィンが殺されたあの夜
一体何があったのか。
 静かにフロストが目を開けた。自分を見下ろしている女に驚いて飛び起き、
自分がその女の前で不覚にも倒れた事を思い出した。
「そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかな?一応助けたつもりなんだけど。」
(― 訂正。男性だ。眼球は淡いラヴェンダー色。とすると彼も有機アンドロイド
だ。だけど、なんて美しいんだろう…。)
「それは…どうもありがとうございます…。あの…、あなたはどなたですか…?」
「賞金稼ぎ、ジェイド暮崎のパートナー。公私共にね。」
「賞金稼ぎ!?」再びフロストの顔が強張った。だがファビアンには、フロストを
優しくなだめるつもりは毛頭無かった。
「自分がどうして賞金稼ぎに追われるハメになったのかはわかってるよね?
捕まったらどうなるのかも。その覚悟も無いのに逃げたのなら、あんた、
ただのバカだよ。」我ながらきつい物言いだとは思うものの、そう言わずには
いられなかった。
「逃げた?」「で?マリナを殺したのはあんた?」フロストの顔がますますきつく
なった。
「僕はアーウィン家の人を守るのが仕事だよ!僕が今どういう立場に置かれてるの
かは知ってるけど、真実はそうじゃない!」
「じゃ、その『真実』ってのを話してよ。」
 短い時間の中でフロストは、ファビアンに自分が知ってる事をすべて話した。
「誰も耳を貸してくれないと思ってた…。だけど、これから一体どうすれば…」
「しっ!」ファビアンは突然、フロストの言葉を打ち切らせ、近づいてくる
足音に耳をすませた。そしてバッグから自分の光剣を取り出し、脱いだミュールを
ベッドの下に投げ入れた。足音が彼らのいる部屋の前で止まり、ドアのロックが
解除されて、一人の男が光剣を閃かせて入ってきた。その目はフロストの姿を
捉えている。「あんたは離れて!自分の身は自分で守って!」ファビアンも光剣を
作動させ、男の行く手を阻んだ。
「あんた、確かモルガンのパートナーのトリスタンだよね。」閃光が飛び交う中で
ファビアンが尋ねた。相手は無言のままだ。
 床、ベッドの上、狭い室内を物ともせず、2人はスピードを上げて闘った。
(さすがにジーンズじゃ動きにくいな。)
 その時、ファビアンの視界の隅にフロストの姿が映った。そしてあの、出力の
弱い光剣を作動させた。トリスタンの剣がフロストに向かった。ファビアンが
それを自分の剣で跳ね返しす間にフロストが2人の剣の交わる下を潜り抜け、
トリスタンに跳びかかった。
「やめろフロスト!」
フロストの体が床に崩れ落ちた。彼の右手の剣は、今でもファビアンと交戦中だ。
しかし、あいてるはずの左手には― 銃が握られていた。
「何があったんです!?」ホテルの主人が飛び込んできた。「うわ…!!」
額を撃ち抜かれて倒れている男を見て一瞬言葉をなくしたが、弾丸が貫通した穴から
見える金属質に気付き、すぐにそれが『何』なのかわかったらしい。
「何だ…人間じゃないのか…。」他の客の迷惑になる、お前の持ち主はどこへ
行った、すぐに出て行けと喚く主人をなだめて野次馬と共に追い払ったファビアン
が部屋に引き返すと、トリスタンがフロストの後頭部を、光剣で刺し貫こうと
していた。ファビアンはその手をつかんだ。
「あんたの狙いは、フロストを捕獲する事でも彼の記憶チップを手に入れる事でも
なくて、記憶チップを破壊する事じゃない?」
再びファビアンの光剣が光を放った。「勝負はまだついてないよ。続きは外で。
どう?」
トリスタンはゆっくりとファビアンに視線を移し、「いいだろう」と答えて
銃を床に投げ捨てた。
 レストラン「シードラゴン」。
「可愛い弟が大事にしていた恋人の仇を討ちたいっていうあんたの気持ちは
わからんでもないが、こっちだってフロストの賞金は欲しいんだ。そう簡単にゃ
情報は渡せないぜ。」
 口火を切ったのはダグラスだ。彼が本当に何らかの情報を持っているとしても、
それはすでに何の価値も無いと知っているのは、この場ではジェイドだけだった。
  ― だけ、のはずだった。 ―
「大事な恋人…?」モルガンはクスッと小さく笑ってダグラスに流し目を送り、
すぐ視線をそらした。
「そうね…弟のユーティは、マリナをとても大切にしていたわ。だけど…。」
モルガンの顔から妖妃の微笑みが消えた。「あの女の方はどうだったのかしら
ね?」
「どういう意味だ?」ジェイドは周囲に注意をむけながら尋ねた。不快な視線を
感じとり、首筋がチリチリと痛む。
「ユーティは、長い昏睡状態に陥ってそのまま死んだって事になってるわね。
だけど本当は、死ぬ前に少しだけ意識を取り戻してたの。」
「それで?」
「『マリナは大丈夫か?』って、それだけ言い残して死んだわ。警察の発表では、
あの日弟は一人で出かけたはずなのにね。」
「おい、それって…。」ダグラスの顔に興奮の色が走った。その時
「あら、ごめんなさい。トリスタンから連絡が入ったわ。」モルガンは懐から
通信機を取り出して耳に当て、すぐに切った。そしてジェイドに、ちょっと
困ったような表情を見せた。
「フロストを殺したけど、あなたのパートナーが記憶チップを渡してくれないそう
なのよ。」
「何…?」
「困ったわ…。そうね、あなたの身柄となら交換に応じてくれるんじゃ
ないかしら。」
ジェイドが立ち上がろうとすると、店内にいた大勢の賞金稼ぎも席を立ち、
一斉にジェイドとダグラスに銃口を向けた。
「は…これが『妖妃』の力、か…。」ジェイドは苦笑し、席に戻った。そして
しばらく考え込み
「そっか…あの名刺も盗聴機か…。」
「気付くのが遅いわよ。」
「だな。まだ部屋のクズ入れの中だ。」
さっきからの二人のやり取りを聞いていたダグラスが口をはさんだ。
「おい、どういう事だ?」
「すまんよ、ダグラス。フロストは俺ンとこだ。」
「は…先を越されたか。となれば…。」
ジェイドとダグラスはテーブルを引っくり返し、モルガンがひるんだすきに銃を
抜き、店の従業員や他の客が悲鳴をあげて外に逃げた事を確認すると、まわりの
男達を撃った。相手はお尋ね者でも何でもなく、モルガンの魔性に幻惑されている
だけなので、殺すことは出来ない。二人共、会話をかわすふりをしながら、
自分の銃の威力を弱めていた。
 二人はテーブルやカウンターを楯に必死で闘った、あの最強のサイバーウィザード
・ファビアンを手に入れ、ファビアンが自分の意志で所有者として認めたジェイド
にとって「多勢に無勢」という言葉は言い訳に過ぎない。
 階段の上に避難していたモルガンの声が店内に響き渡った。
「ユーティが死んだ翌日、私は事故当日のマリナの行動を調べたの。あの女はね、
車がガードレールにぶつかった衝撃で開いた運転席側のドアから脱出して、自分の
携帯電話から家に連絡を入れてるのよ。警察や病院じゃなく、ね。で、駆けつけた
父親が、がけ下に落ちた車とそのそばに倒れているユーティを見つけたの。
 車の中にマリナの所持品が無いことを本人の口から聞いて、そのままそこを
立ち去ったってワケ。アーウィンに同行していたおかかえ運転手が、私が『力』を
使うまでもなく、正直に話してくれたわ。多少、見返りは求められたけどね。」
 モルガンは階下を見下ろした。どうやら勝負はついたようだ。
「…たった二人を相手に、情けないわね…。」
体中に傷をおおい、血まみれになった二人の男はモルガンに向かって不敵に笑い、
答えた。
「『たった二人』でも、質が違うんだよ。」だが、その次の瞬間、ダグラスの
二本の太い腕が、後ろからジェイドを羽交い絞めにしていた。
(こいつまで妖妃の餌食かよ!)モルガンは階段の最上段から手すりを飛び越えて
ジェイドの顔面に銃を突きつけた。
「あなたにも私の力が通用すれば、こんな騒ぎを起こさなくても済んだんだけど。
悪いけど、あなたのパートナーに、トリスタンに記憶チップを渡すよう伝えて
ちょうだい。」
「あいつは自分が納得しなきゃ、俺の命令ですら聞かないぜ。」
「しつけが悪いのね。」
「…!!」
ダグラスの両腕がきつく絞まる。「こ…の…馬鹿力……!」ジェイドは上半身を
拘束されたままモルガンの右手に握られた銃を蹴り上げた。
「あ…!」
そして渾身の力を込めて腕をふりほどき、振り向きざまに「すまん!」と叫び、
友人の顎に強烈なアッパーをお見舞いした。
「ホント、すまんよ。」そして彼は、派手な音をたてて床に
倒れた巨漢から、銃を拾おうとするモルガンに素早く視線を移し、その銃を遠くへ
蹴飛ばした。
「このへんでやめとけよ。」
ホテル裏の小さな公園。暗闇の中に2本の光剣が輝いた。
打つ。
引く。
跳ぶ。
かわす。
人間技ではない、また、人間の目には止まらない、高速の闘い。
ファビアンはジーンズから、素肌に吸い付くような対光剣素材で作られ、
しかも彼の戦闘スタイルに合わせてデザインされたボンデージのコスチュームに
着替えたおかげで闘いやすい。
 しかしトリスタンもかなりの手だれだ。彼の目的はフロストの記憶チップの
破壊。それは『フロストの記憶チップの分析を阻止する為』である。そこには
トリスタンにというよりも、彼の所有者モルガンにとって不都合な情報が記録
されているのだ。
 ― トリスタンによるマリナ・アーウィン殺害 ―
そしてもうひとつ。フロストがファビアンに語ったところでは、彼は事件現場から
逃げ出したのではなく、『逃亡したモルガンとトリスタンを追っていた』のだ。
ホテル前にいたのも、トリスタンの姿を見つけ、捕まえるチャンスをねらっていた
のだと言う。そしてそれらはすべて、フロストの記憶チップにしるされている
のだ。
「あんたが自分の意志でマリナ・アーウィンを殺すわけはないよね。」ファビアンは
言外に「モルガンが命令したんだろ?」と含ませた。トリスタンは無言で剣を
打ち返してくる。
 人間のために殺人を犯したアンドロイドと、人間のために「お尋ね者」になった
アンドロイド。モルガンはトリスタンに罪を犯させた。アーウィンは事情も聞かず
にフロストを捨てた。(人間にはそれぞれ何らかの事情があるって事は知ってる
けど、モノ扱いするならどうして心を与えたんだよ。)トリスタンも、ファビアン
とは正々堂々と光剣で闘う事を選んだ、気高い男だ。
 ファビアンは、決して人間と同じ扱いを受けたいとも、人間として生まれたかっ
たとも思っていない。それどころか『人間を超える者』『ジェイドを守る者』
として造られた事に誇りと喜びを感じている。
 だからそう思うのだ。フロストの記憶チップを守って、彼の名誉を取り戻したい、
と。
 ファビアンは闘いの中でトリスタンの攻撃パターンを分析していた。きっと
相手にもこちらの動きが読まれているはず。次の一手で決めなくては。
 二人はお互いの動きを見守っていた。一瞬早くファビアンが動き、その閃光は
トリスタンの利き腕である右腕を切り落としていた。そして相手が敗北を認めた
事を確認し、剣をガーターに挿した。
「ジェイド…大丈夫かな?」「そっか、やっぱりフロストは元々殺人の出来る奴じゃなかったんだな。」宇宙船
白桜妃のブリッジ。ジェイドはモスグリーンのタンクトップから出た両腕にも
コーラルでの銃撃戦で受けた傷が生々しく残る体をキャプテン・シートに沈め、
ファビアンはタッチパネルで船のコンピュータに支持を与え終えていた。あとは
考え事をしていても眠っていても、別の回路で船のサイバーシステムと100%
同調し、情報交換し続ける事が出来る。この二重構造のお陰で、彼の精神状態が
船の安全を左右する事は無い。
「ん…光剣の故障は何ヶ月も前からだけど、アーウィンには知らせなかったらしい
んだ。フロストの考えでは、『光剣を所持する護衛用アンドロイド』というだけで
充分防犯効果があるからね。」アーウィンのそばにいる時、いつも光剣を
ちらつかせていたのには、そんな理由があったのだ。
 ファビアンはそっと溜息をついた。フロストの口から直接真相を聞き出したいと
いう彼の希望はかなったものの、自分の目の前でフロストが殺されたという事実が
― 例え修理され、新しく生まれ変わっても、それはアーウィン家の為に
トリスタンを捕まえようとしたあのフロストではない ― 彼の心に重く
のしかかっていた。
「おい。」ジェイドが突然手招きをした。
「傷、大丈夫?」
「いいから。」
ジェイドはファビアンを、自分のひざをまたぐ格好ですわらせ、その背中に両腕を
回した。
「あいつ、全部知ってて、それでもマリナやアーウィンに忠義をつくそうと
したんだな。」
「うん…。」警察に提出した記憶チップの分析はまだ完了していないが、その内容
は、自首したモルガンが取調室で語った話を裏付ける物になるだろう。すでに
コーラルでは大スキャンダルとなり、知事の辞職が取りざたされている。
 ファビアンは、ジェイドの首筋のくぼみに顔をうずめてつぶやいた。
「忠義者のフロストは、こんな展開は望んでなかっただろうね。」
「ん?」
「彼には申し訳ないけど、俺はアーウィンが失墜してよかったと思ってるよ。」
アーウィンが娘の罪を隠さなければ、マリナが正直に自分の過ちを認めていれば
モルガンは犯罪者にならなかっただろうし、トリスタンは記憶を抹消されずに
済んだだろう。そしてアーウィンが自分のアンドロイドを少しでも理解し、信用
していれば、フロストの運命は大きく変わっただろう。
「俺がモルガンの魔性に引っかからなかったのは、この守護神のお陰だな。」
「え?」ファビアンが頭を上げ、ジェイドの顔を見た。自分に対する強い信頼の
こもったまなざし。そのまなざしに見つめられると、心の中の重いものが溶けて
いくような気がした。
「守護神を粗末に扱ったら、バチが当たるよな。」
「何、非科学的な事言ってんの。」ファビアンは、ジェイドの唇を指先でなぞり、
そっと口づけをかわそうとした。
「あ、ダグラスから通信が入った。」
「放っとけ。」
二人はそっと口づけをかわした。

 

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