家 「正月って、仕事休んでグータラする事が許されてる日だよな、確か。」 １月１日。 　俺はコタツに両足を突っ込み、時々テレビの正月特番に目をやりながらミカンの皮をむいていた。 「だから今こうやってグータラしてるだろ。他の客は全員帰ったし、今日の午後から３日の夜までは休業がからな。」 コタツの向こう側からオヤジ　――　暮崎竜三の声がした。 相棒のファビアンはやはりコタツに入って猫のタマを隣に寝かせ、もう一匹の猫・ミイをひざの上で眠らせている。 　ペンション・フリンクハム。 かつて、賞金稼ぎの暮崎竜三が乗り回していた宇宙船を、このオヤジの寿引退（大事な一人娘を“賞金稼ぎの妻”にさせる事を不安に思う相手の両親を気遣っての決断だったらしい)を機に地上に降ろした物だ。 当然推進装置や燃料タンクなどは無く、それらがあったスペースはいくつかの個室に区切られ、ちょっと男っぽい雰囲気のベッドルームになっている。 こんな変わったペンションだから、客も普通の親子連れや女子大生のグループなんてのじゃなく、だいたい宇宙船マニアや賞金稼ぎに興味のある奴、それに地学部の学生達だ。 　だが、圧倒的に多いのは、オヤジを慕っている若い賞金稼ぎの連中だ。そもそも賞金稼ぎなんてのは、宇宙船を「家（ハウス）」にしている奴がほとんどだ。「家（ホーム）」もどこかにあるはずなのに、なぜか真っ先にここにやってくるんだよな…。 　そのフリンクハムのオヤジ（といっても俺とは１４歳しか違わないんだけどな）から突然連絡があったのは、１２月に入ってすぐの事だ。 「すまんが、年末年始はこっちの仕事を手伝いに帰ってきてくれないか？」 あの時俺とファビアンは木星のそばにいて、“このまま正月は二人でのんびり…”なんて思っていたんだが、子供の頃、親に放ったらかしにされていた俺を実の息子か弟のように気にかけ、両親の死後も俺の面倒を見てくれたオヤジからの頼みとあれば断れないよな。（あ、ちなみにこのオヤジと俺の両親の関係を話すと長くなるが、要するに『両親の命を狙っていた賞金首を暮崎竜三がつかまえた』って事らしい） 　しかし　――　こんなに忙しいとは思ってなかったぞ…。クリスマスイブに何人もの賞金稼ぎの連中が『里帰り』と称してやって来て、とにかくそいつらの人使いの荒さと言ったら話にならないぜ！！ ほとんど調理場にこもってクリスマス料理や正月料理を作りまくっていた俺も大変だったが、相棒はもっと気の毒だ。この最高級アンドロイドを遠慮無くこき使えるとあって 「メシ！」 「風呂！」 「酒！」 ちったあ遠慮しろ！！ ゴロゴロゴロ… ファビアンの上で寝ていたミイが目を覚まし、相棒にのどをなでられて目を細めている。タマもいつの間にかコタツ布団から這い出し、俺のひざの上に乗ろうとしていた。 「おっ、ここに来るか、タマ。」 手を差し出すと、タマは少し鼻を近づけて、なぜか部屋を出ていってしまった。 「あんたの手、今ミカンのニオイしない？」 相棒がミイを抱き上げた。 「猫は柑橘類のニオイが嫌いだって聞いた事があるよ。」 「そうなのか？」 　俺は自分の指先のニオイをかいだ。確かに少し、温州ミカンの香りがしている。 　今しがたタマが出ていったドアを開け、オヤジの奥さん、カオリさん（清純な乙女がそのまんま３０代になった、って感じの人だ）と、続いてタマを抱いたバルドル（フリンクハムが宇宙船だった頃の サイバーウィザードで、ついでに言やあ、見た目は少年だが俺の相棒ファビアンの兄貴に当たる）が入ってきた。 「甘酒作ったのよ。竜三さん、寝てるの？」 「起きてるぜ。テレビ観てたんだ。」 オヤジがコタツの向こう側で上半身を起こした。このペンションのオーナーとして、この数日は俺以上に働きづめだった。 　カオリさんは俺達の前に甘酒がたっぷり入った湯のみを置いた。（ファビアンとバルドルの前に置かれた湯のみの中身は、有機アンドロイド用のサプリメントウォーターだが） 俺は湯のみを両手で持ち、手に伝わる熱さをしばらく楽しんでから中身を飲み干した。タマはバルドルの腕の中から飛び降りると、さっき逃げ出した事を詫びるかのように俺の背中に頭を摺り寄せてきた。 　甘酒、か。 こんな時は日本酒の熱燗、と言うのが大人の集いの定番って気もするが、俺がアルコール類を苦手としてるから仕方がないさ。 今一つサマにならないが。 「なあ、純也。」 「ん？」 オヤジは身内だけの時には時々俺を本名で呼ぶ。 「呼びつけてすまなかったな。」 「何だよ、水くせえな。」 “家族じゃねえか”と続けようとしたが、テレくさいからやめた。

ＢＡＣＫ