ユーリはミロに対峙し、身構えた。
「私を見くびらないでもらいたい!」
「氷河!どいてろ!行くぞ!ユーリ!」
氷河は叫んだ。「やめろ!闘ってはいけない!ミロ!ユーリ!」
もう、二人に氷河の声は届かなかった。
――聖衣が無くてはあの二人の間に割って入る事は出来ない!急いで戻らねば!――
城の中から強い風の中に飛び出して行った氷河は、突然全身に強い衝撃を受け、地面に叩きつけられた。
「あの地下室で朽ち果てるかと思ってたのに、さすがね。」
氷河は、自分を見下ろす人物の顔を見て驚愕した。それはエレナだった。その身を包む、ユーリの物と同じ大きな翼のあるプロテクター…。
「俺を閉じ込めたのは君だったのか…。一体なぜ…。」
「あなたが憎いからよ。」そう言い放つエレナの顔に、氷河の知る優雅な微笑みはどこにも存在しなかった。
「ユーリ兄さんには心配させたくなかったから、この憎しみを隠すすべも覚えたわ。あの地下室で。」
――あの地下室で感じた怒りと憎しみは、エレナの物!――
「ボレアースの子、ゼテスとカライスの翼衣(ウィング)…。ゼテスはユーリ兄さん、そしてこのカライスは、アレクセイ兄さんの物になるはずだった…。」
エレナの目から、一滴の涙がこぼれた。
「私…小さい時に、誰にも内緒で、アレクセイ兄さんの様子を見に行った事があるの…。その日の訓練を終えた兄さんは、氷壁の後ろに隠れて見ていた私を――私が妹だという事も、自分がその時、生まれ故郷に向かっていたという事も知らないまま――リパイアの近くまで送ってくれたの…。訓練で疲れているはずなのに笑顔をたやさず、途中で私を背中におぶって…。」エレナの声がふるえた。
「あの優しい兄さんがもういないなんて……。氷河!私はあなたが許せない!!アレクセイ兄さんの仇は私が討つ!!覚悟しなさい!!氷河!!」
結晶化した凍気が氷河を襲った。氷河は素早くそれをかわし、驚きの表情でエレナを見た。
――これはダイヤモンドダスト!?どうしてこの人が!――
――そうか…あの地下室の冷気…。いつの日にか俺に復讐をとげる為に、この人はあの地下室で闘いの訓練をしていたんだ…。――
――男の俺でさえ大変な思いをして身につけたこの拳を、この人は独学で、しかもこんな短期間で…。――
――それに、この強く激しい敵意…。俺は…。――
――俺はこの人に敗れるかも知れない…。――
――そうだ!聖衣を!――
走り出す氷河に、エレナが叫んだ。
「聖衣を取りに行くつもりなら無駄よ!あなたの聖衣は海底深く沈めたわ!!」
「!!」
「もう一度行くわよ!氷河!!」

城の中ではまだ、ミロとユーリの闘いが続いていた。エリオットやアクィロとの闘いのダメージがミロの動きを鈍らせている。
「ミロ!君は弟の友人だ!私の邪魔をやめるのなら、命だけは助けてやる!」
「君のほうこそ、愚かな考えは捨て去ることだ!例え今ここで俺を倒しても、聖域を攻め落とす事は不可能!それに――こんな事をアレクセイが喜ぶと思うのか!?」
「何!?」ユーリの拳が止まった。
「君がやろうとしている事は、アレクセイが正そうとしていた、あの邪悪に支配されていた頃の聖域と同じだ!それでもあの、命がけでシベリアの人々を救おうとした水晶聖闘士の兄なのか!?」
「うっ…。」ユーリの心に葛藤が生じた。
――私がやろうとしている事は…――
その時、ユーリとミロは、激しく燃えるエレナのコスモを感じ取った。
――エレナ!?――
外に出た二人が見た物は、カライスの翼衣を着けたエレナと――氷塊の中に閉じ込められた氷河――。
「やったわ……。兄さんの仇がとれた……。」
エレナは、雪原に泣き崩れた。

氷河の魂は、暗い世界をさまよっていた。
「氷河よ、どこへ行く!」
氷河の歩く先に立ちふさがるその姿。
「…カミュ…。」
「闘いを放棄して、どこへ行く!」
「カミュ、俺は…。」
「言い訳など聞かん!お前はエレナの拳を、進んでその身に受けた。つまり、自ら死を選んだのだ!氷河よ!今までにお前の拳に倒れた全ての者達にどう詫びるつもりだ!己の正義を信じ切れない者によって倒された者の無念さ、やる瀬無さを考えた事があるのか!?」
カミュの言葉には黙り込む事しか出来ない氷河の後ろから、もう一つの声が聞こえてきた。
「氷河…。」
「そ…その声は……。」
氷河は、喜びとも悲しみともつかない思いで振り向いた。そこにいたのは、紛れも無い恩師、水晶聖闘士…!
「エレナの硬く閉ざされた心には、俺の声を届ける事は出来ん…。今のエレナの喜びは、後に激しい後悔へと変わるはずだ…。」
水晶聖闘士は、氷河の両肩に手を置き、いつも氷河やアイザックを見つ守っていたあの、厳しさの中に温かさを込めたまなざしで氷河の両目を見つめた。
「氷河…、妹を救ってくれ…。頼む…。――……すまない…氷河……。」

氷河の体を包んでいた氷の塊が弾けた。
「例え女の人でも、それが先生の妹であっても、俺はエレナと本気で闘う!この闘いは途中で放り出せないんだ!」
エレナの顔から喜びの色が消え、戦士の顔になっていた。
「受けて立つわ。」
「エレナ!やめろ!」
「兄さんは手を出さないで。だけど氷河、さっきも言ったように、あなたの聖衣はこ北氷洋の底なのよ。」
「それでも俺は闘う!」氷河は身構えた。
「聖衣ならあるぞ!氷河!」その声と共に、氷河の体を白く輝く白鳥星座の聖衣が包んだ。
「何っ!?」――あの声は、アイザック!!――
風の中に立つアイザックは、氷河に微笑みかけると、静かにその姿を消した。
――アイザック…お前も先生の為に俺に力を…?――
氷河の前に立ちふさがろうとしたユーリに、ミロがリストリクションを打ち込んだ。
「動かないでもらおう。今きみに出来る事は、この闘いを見守る事だけだ。」
――頼むぞ、氷河、アレクセイ――
エレナは精神を集中させ、コスモを高めていった。空中でぶつかる、エレナと氷河のダイヤモンドダスト。
しかし、結果は最初から目に見えていたのだ。
「きゃあっ!!」
吹き飛ばされる、エレナの体。
「エレナ!」ユーリは渾身の力を込め、体の自由を取り戻した。
「氷河!よくも!貴様も他の聖闘士同様、人の命を軽視する輩か!」
氷河は、ユーリが繰り出した拳を片手で受け止めた。
「あなたは…あなたは先生が犬死をしたとでも思っているのか!あなたが聖域を憎めば憎むほど、先生の死が無駄になるということが、なぜわからないんだ!」氷河の顔が悲しみに歪み、ユーリの拳をつかんだ手がふるえる。
「この闘い…――先生が哀しんでる……。」
アレクセイの思いを伝える氷河を、ユーリは静かに見つめた。そのユーリに、エレナが声をかけた。
「兄さん…。」
「エレナ…無事だったか…。怪我はしていないのか?」
ユーリはエレナに駆け寄った。
「私は大丈夫よ…。アレクセイ兄さんが助けてくれたの…。」

――エレナ!エレナ!――
――誰…?――
――ああ、俺の声が聞こえるのか!――
――アレクセイ兄さん…?じゃあ、私は死んだのね…――
――いや、気を失っているだけだ。お陰できみの心に空白が出来、俺の声を届ける事が出来た――
――兄さんの…声…――
――エレナ…氷河は何も悪くない。そして俺も、自分の意志の及ぶ所では、何か間違いをおかしたとは思っていない。ただ、運命が狂った。それだけだ。狂わせた原因も、すでに氷河達が断ってくれた。
なのに、未だに狂った運命に支配され、誰かを憎み続けるのは…哀しいことだな……――

「氷河は自分の信じるものの為に、私と本気で闘ってくれた…。兄さんに対しても、あの時はそうするしかなかったのね…。」
エレナは、静かに空を見上げた。
「でも私、わからないの…。これからどうすればいいのか…。氷河を憎んで、憎んで、心を憎しみでいっぱいにして生きてきて…。それが間違っていたのなら、私は一体……。」
ユーリの顔が、苦悶に歪んだ。
「エレナ…。間違っていたと言うのか…?お前まで…。
間違って…いたのか……?」
ユーリとエレナを見つめていたミロが、ようやく口を開いた。
「アレクセイが一度話してくれた事がある。時々、遠くから自分を 見ている者がいる、と。」

――養父から聞かされていたんです。『お前は大切な預かりものだ、いつか誇りを持って、本当の家族の元へ返せるようにお前を育てているのだ』と。
その養父の死後、たまたま私の中で眠るコスモを聖域に見出されて聖闘士になり、もう家族の元へは戻れないけれど、常にどこかで私を愛してくれている人達が居るという事を、決して忘れてはいけないと思います。――
――私は、『人』を守りたい!吹雪の中、私の身を案じて様子を見にきてくれるような優しい人達が闘わなければならないような世界になったらおしまいだ!――

ミロが語る師の言葉を聞いて、氷河も言った。
「『愛をいつも心に』…それが先生の、最期の言葉だった…。」
「愛を…。」
エレナが、小さくつぶやいた。

「吹雪いてきたな。氷河、肩を貸せ。」
「あ…。」
ミロは、傷ついた体を氷河にあずけた。
「あの二人なら大丈夫さ。アレクセイの兄と妹だからな。」
吹雪の中を二人は歩き続けた。
「で…カミュに会ったのか…?」
小さくうなずく氷河。
「何か言われたのか?」
「…叱られた…。」
「フ…そうか…。」

渓谷に吹く雪混じりの風が、二人の聖闘士を見送っていた。

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